月夜見
 rehearsal of the tragedy…?

        *既述作品『rehearsal of the tragedy』前半からの
         別な枝話でございます。

 

 さして体力もない人間が、その自前の足だけでどのくらいの距離を踏破できるものだろか。そこから始まった“旅の歴史”は、動物に車を轢かせる馬車やソリ、果ては動力機関なんてなものを発明し、時には戦の侵攻図という物騒な形にもなりつつも、地図なんてものを生み出すほどどんどんとその勢力を伸ばしてゆき。工夫を重ねた末に大海原へ漕ぎ出す術までもを得て、さて もうどのくらいとなることか。そんな気の遠くなるような話を持ち出して語られ始めるような、それはそれは遠い昔から…というほどもの永い永い歳月。その海域は人を拒み続け、紛れ込んだが最後、生きての脱出は不可能とされて来た。入り口が判れば判ったで、やはりその航路は人々を片っ端から翻弄し、命からがら抜け出して来た者らの証言から“魔海”と冠されるまでにさして暇はかからず。偉大なる航路“グランドライン”は、自然の要衝に守られての人跡未踏、航海技術がどんなに進んでも、そこだけは謎だらけの海域として恐れられるばかり。制覇しようと思っているだなんて言おうものなら、誰もが気を合わせたかのように口を揃えて、気の沙汰じゃあないと嘲笑したほどの場所であったのだが、

 ――― 初代の海賊王、ゴール・D・ロジャーが、
      ラフテルまでの1周を制覇したことから、
      海原での常識は、少しずつの されど大きく、動き出した。

 航路に浮かぶ島々がどれも、強力な磁場を持つ岩盤で構成されているという特殊な事情が、まずは航海士たちの手を焼かせた。普通一般の磁石が利かないその上に、そんな磁場が影響してのことなのか、天候も気候も海流もアトランダムで。引っ切りなしに塗り変わるという“はちゃめちゃ”っぷりは、さすがに最初の双子岬から分岐する区間だけのことながら、それ以降にしたところで、途轍もない極寒の冬島海域の次にいきなり…用意がないとあっと言う間に干上がりそうな酷暑のただ中、夏島海域が連なっていたりもし。そうかと思えば、外海ではお目にかかれなかろう巨大な海棲生物“海王類”がうようよと闊歩していたり、魚人や人魚、ゾンビが支配する島があったりし、はたまた…上空数千mなんてところに浮いている、雲で出来た黄金郷“空島”なんてところもあったりし。普通一般の人たちからは、どこまでが真剣本気でどっから冗談なんだと訝しがられても しようがなかった、驚天動地にして摩訶不思議なところ。よって、そうそう簡単に制覇出来るはずがないと、誰もが肩をすくめて苦笑をし。最初は夢を抱いて入って来たのだろう荒くれたちも、いつしかそんな熱は冷めてのその末。せめての腹いせか、海域に住まわっていた人々を脅かす存在に成り変わり、憎まれものとして世にはばかり、人為的にも“魔の巣窟”にすることへと貢献している始末。そんなこんなが錯綜し、うずたかくも折り重なっての、ますますもっての物騒な海域。制覇するなどとんでもないと、そんなの夢のまた夢、生涯かけて何も得られずに終わるか、それどころか無謀さから早々と命を落とすのがオチだと、やはり言われていたものが、

 ――― ロジャーが遺したという“ひとつながりの秘宝・ワンピース”を奪取した、
      新しい“海賊王”が世に現れたもんだから。
      またまた世界が仰天したのは言うまでもなく。

 その新しい海賊王は、先の海賊王以上に何もかもが桁外れの破天荒な存在であり。まだ十代の少年を筆頭に、さして年頃の変わらぬ若いのばかりが集まった、両手で間に合うほどの頭数という小さな規模の海賊団であったれど。その各々がそれぞれの得意分野で飛び抜けた才を持つ“超人・達人”揃い。その尋に収まる世界で満足し、何も知らぬまま外海で平穏に住まう人々には届かぬ次元の話、海軍も含んでの巨大な力を持つ勢力同士が睨み合うことで均衡を保っていた、当時のグランドラインにおいて。突然台頭し、疾風怒涛の活躍でその勇名を広めながらの航海を続け。秘密結社バロックワークスを牛耳りながら、王下七武海の一角を埋めてもいた顔役を蹴落とし、空の上の黄金郷を、海に浮かぶ工部たちの島を、死者たちの魂が迷う島を、神だの絶対正義だの天才だのと名乗っての大上段から脅かしていた、様々な能力者たちを叩きのめし。直接知り合った人々が誇らしげに語り継ぐ伝説が山ほどある、世に言う“ピース・メイン”であり続け。当人たちは“正義の味方”なんてなお堅いものではないそのまんま、それでも悪党ばかりをからげたその上で。それこそが世界一の秘宝とされていた“ワンピース”に辿り着き、うら若き船長は、そのまま新しい“海賊王”の名を冠することとなった。




  そうしてそして、月日は流れて…。





            ◇



 いわゆる“絶海の孤島”とは此処のようなところを指すのだろう。四方八方を大海原にのみ取り囲まれていて、今時の高性能な遠眼鏡で見渡したどこにも“お隣りさん”にあたる島影は見えず。一応はグランドラインならではのログで連なるご近所さんもあろうけれど、終着のラフテルに間近いくらい、あまりに辺鄙であまりに何にもない海域なせいか、それとも途中に難所が幾つもあったりするせいか。向こうからわざわざ足を運ぶ物好きもないままに、地図の上からも掠れてか消されて久しい、名もなき孤島。その位置だけが難所だというのみならず、島自体もまた難攻不落の拵
こしらえをしており。切り立った断崖ばかりという周縁をぐるり回ると、一か所だけ、そんな衝立の内っ側、入り江になってるなだらかな瀬が望めるのだが、そこへ近づく唯一の航路上には、不思議な難関が立ち塞がっている。軽石に近い組成の岩だろか、小山ほどもの大きさがある2つの岩がお互いに凭れ合うように聳えており。しかも、流れの速い海流に揉まれて、グラグラゆらゆらと常時揺れているから、あら不思議。がつんごつんとぶつかり合っているので、迂闊に近づけば船腹が挟まれての立ち往生してしまうのは間違いなく。しばらくほど眺めておれば、開く間合いが読めなくもないのではあるのだけれど。そのための停船を構えておれば、島からの砲撃の照準を余裕で合わせられること請け合いと来て、海軍の巡視船さえ幾隻も沈めたと実まことしやかに噂は広まり、

  「ま、此処へと逃げ込めば、まずは安心。
   どんな執拗な追っ手がかかろうと、此処へまではついて来れねぇよ。」

 先の航海で仲間内となった新しいクルーの連れ、一般人だったのだろう妻や子供らの一団へ、何にも心配は要らないからと、古顔のクルーが慣れた様子で励ましがてらの案内をしてやっているのとすれ違う。全部を合わせりゃ数隻仕立ての船団を構えるまでの大所帯となっていたのは、果たしていつからのことだろか。非力な一般船や善良な人々しかいないような島ばかりを襲い、略奪や暴虐の限りを尽くした揚げ句、船や町に火をつけてそのどさくさに逃走する性悪なモーガニアらを、鉢合わせるごとに畳んで来たその時々に。攫われての監禁されていたのを救い出したり、居場所を無くしたものを助け上げたりした人々から始まっての…気がつけば。小さな村1つ分ほどもの大所帯となっており、女子供はさすがに長い航海にずっと付き合わさせる訳にも行かない。さりとて、あまりに高名な海賊団との関わりを持ってしまったことから、場合によっては盾に出来ると付け狙われる恐れもある。そもそも“よんどころのない事情”があっての攫われていた子供もいたりして、通りすがりの穏健な土地に、されど“じゃあ此処で達者に暮らせよ”と置いていけないことから、仕方ないなぁと居城を構えることとなったのが、

 “そうだ、蛾城の巫女様を助け出した一件からだ。”

 銀髪白面、盲目の美少年…だった弟の方だと装っていた、神秘の血統を受け継ぐ一族の末裔だという巫女様を、謎の結社から救い出しての匿っていた時期があり。ほとぼりが冷めるまでと構えていたはずが、そこへの便乗で次々と、生家が滅ぼされてしまったか弱い姫やら一族から疎まれていた心細げな風情の能力者の少年、成り行きで父上が賞金首になってしまったご家族などなど、やはり匿って差し上げねば不公平じゃあないでしょうかと思ってしまうような“物差し”が、いつの間にやら浸透していた時期があり。はっと我に返った頃にはもう、時すでに遅しな状況と化していて。
『そか、行くトコないのか。じゃあいいぞ。』
 船長がまた、元は敵だった者でも委細構わず、そういうことへあっさり承諾しちまう、底の抜けた性分だったりしたもんだから、
『いぃい?
 あたしらと縁を深めれば深めるほど、真っ当な暮らしへ戻れなくなんのよ?』
 航海士さんが喉も嗄れよと説得しなければ、此処の人口は加速を緩めぬまま増え続けていたに違いなく。

 “その船長さんは何処へ行ったやら。”

 短くなった紙巻き煙草。溜息混じりに最後の一息を吸っての、口元から離して。傍らの岩壁へと灼熱を蓄えた穂先を擦り付ける。先の航海から一旦此処へと戻ったのは、久しくなかった海軍からの急襲に遭い、選りにも選って船長室にあたる指令船を沈められたから。二代目の愛船“サウザンドサニー号”が手狭になったおり、それじゃあ船長を押し込んどく…もとえ、好き勝手の自由に過ごせる個室を兼ねた船を造ろうかと、船大工さんが言い出しての作られたのが、昔日の彼らを支えたあの“ゴーイングメリー号”に似せた、愛嬌たっぷりな羊頭の舳先のある、小さめのキャラベルだったのだけれど。

 『お前はこの3人を連れて逃げてくれ。特にルフィをな、殺すんじゃねぇぞ。』

 ちょっとした搦め手を使われての、海軍からの急襲により、のっぴきならない窮地に陥って、そのキャラベルが炎に包まれてしまい。しかも間が悪いことには、航海に慣れのない顔触れを大勢連れての渡航中。船足をよほど揃えなければ、うかうかしていれば他の船にまで恐慌状態が引火しての引き摺られ、相手に易々と取り囲まれて全滅だってしかねなかった。だからと素早く状況を見定めた副長が取った手段が、

  ――― 彼が身代わりとなっての相手を引き付けるから、
       その間に、闇に乗じて全員で隠れ城へと退避せよと。

 塒
アジトまでを追われては何にもならない。相手の目当ては、あまりに強いわ、強運だわ、カリスマ性は有り余るわで巷で人気の、ちょっとやそっとじゃ捕まえられぬ船長本人の首だろうから。自分が彼に成り済ますことで、せめて後ろ姿が見えなくなるまでは、連中を何とか引き付けておくからと言って引かなかったのが、緑頭のうら若き大剣豪。

 “不器用なくせしやがってよ。”

 日頃は全く気の利かない、野暮で鈍感で、何につけても間の悪いばっかな奴だってのに。なんでああいう時だけは、現状を速やかに見極めての最善の対処を思いつき、迷いなく実行に移せる奴なのか。

 “…俺が奴なら、ルフィ抱えて真っ先に逃げたかもな。”

 誰が犠牲になろうと構うかと、一番大切なもの、ただそれだけを我が手で確実に護って何が悪い。見捨てた大勢から恨まれても、護った本人から裏切り者と罵られても、構うものかと遂行していい選択であった筈。
“あれはそういう場面だったろによ。”
 だってのに…あの剣豪は そうしなかった。単純が過ぎたせいではない。ルフィだけではなく、ルフィが大切にしているものまでも守りたかったから。だから、ルフィをサンジに託し、もっと手のかかるそっちを自分が請け負った。
「…。」
 ざんと高い波がぶつかって断崖を洗う。昼も間近になると、島を取り巻く海流が渦を巻き、関の岩もごっつんごつんと時を知らせるかの如く、ぶつかり合っての揺れ動く。
「おう、チョッパー。ルフィ見なかったか?」
 灯台の中さながらに、少しばかり傾斜の急な階段を刻んだ岩窟。内部を刳り貫いた島の一角を要塞の大本営のような扱いにしているそんな中、相変わらずにシェフの膝までしか背がない、そりゃあ愛らしい姿なままの船医さんと鉢合わせたのを幸いと、そんなお声をかけてみれば、
「あ〜、えと…。」
 言葉を濁し、だが、視線は、彼が今降りて来た方へ。
「上、か。」
「…うん。」
 見晴らしのいい岩屋の頂上。見張りや哨戒用のバルコニーはもっと別の、広々と海を見渡せる一角に設けてあって。それとは別の、息抜き用の天然サンルームにしている屋上。
「…。」
「なあ、サンジ。」
 居場所が判りゃあ まあいいかと。その実、ホントはちょっぴり臆してのこと、何でもいいから理由がほしくていた自分と、想いの内側で向かい合うかのよにしての黙りこくってしまったサンジへ。そちらさんも、どこか遠慮がちに、言葉を選びつつ、もじもじと言葉を連ねんとするチョッパーであり。なんだ?と目顔で促せば、

 「ルフィは、確証があって待ってるのかなぁ。」
 「………さてな。」

 あの剣豪が、珍しくも欲の深いところを見せて。ルフィだけじゃなく彼の宝まで守ろうとしたのとお揃い。我らが船長さんもまた、今 一等欲しいものの再来を、頑迷なまでに待ち続けている。





  ◇  ◇  ◇



 今日もまた、昨日と同じ風景だ。見渡す限りの果てしなくどこまでもが、青と藍の海と空だけ。遠い沖の方のおもてが陽に照らされて、細波を金の粉をまぶしたみたいに光らせている。海を見るのに飽きたことは一度だってなかったはずだけど、このところは妙に苛つくことが多くなり。断崖に巣のあるカモメたちまで、挨拶にも寄って来ずの避けてく始末。だったら上がるなと、サンジから叱咤半分 蹴られもしたが、それでも…やっぱり。気がつけば此処へと上がって来てる。シャツの襟や裾を潮風が叩いてのばたばたとはためかせ、すっかりと縁の擦り切れた麦ワラ帽子が、紐で首に掴まっての背中へと落ちて、やっぱり風に遊ばれ、ふわんと浮いては落ちるを何度も何度も繰り返してる。まるで、どうどうと持ち主の背中を叩いて宥めるかのように。

 「…。」

 あれから もう何日経つのかなぁ。ホントはこんなところでじっと待ってるんじゃなく、島から出てっての探しに行きたかった。でも、俺 独りで出てくなんて以っての外だとナミに叱られたし、此処に集いし仲間たちを放ってくのかとフランキーに言われ、

 『あいつはよ、お前だけじゃなく、お前の宝も守りたくて居残ったんだろうが。』

 サンジがそんな言いようをしたのへは、昔々の“ガキ”だった俺でもやっぱり、ぐうの音も出ず黙ったと思う。

 「…。」

 潮風に晒されていても負けずに頑張っている芝草の上へ、とさりと腰を下ろして。相変わらずに細っこいまんまの脛を剥き出しに、それでも大人ぶっての大胡座をかくと。ロビンから聞いた、俺らが“あの時”に戻って来た方向をばかり、ただただ、瞬ぎもせずに真っ直ぐ見やる。潮風がなぶってく口元が、自然と動いて、

 「…ばかゾロ。」

 俺の宝を守りたかった? あれほど口酸っぱくして言い続けて来たことさえ覚えきらねぇやつが、偉そうなこと言うんじゃねぇよ。仲間は確かに宝だ。けどよ、


  「そん中には、ゾロだって入ってるっての。」


 仲間じゃなくて相棒、仲間じゃなくて…一等大切な連れ合いだってのに。俺に断りなく勝手なことしやがってよ。盾になんてなるなって、どんだけ言って来たことか。お前の顔立てて、頑張って泣かないでいるけどよ、駄々もこねないでいるけどよ。いい加減にしねぇと、俺にだって限界ってもんがあんだからよ。早く戻って来ねぇと、良いか? サンジに抱きついて泣いちまうんだからな。いつだっていい顔しなかったの、ちゃんと覚えてんだからな。そうされたくねぇんなら、とっとと帰って来やがれってんだ。


  「判ってんのか? ゾロ。」








  ◇  ◇  ◇



 “あんの馬鹿ヤロが。独りで高台なんぞに上がりやがってよ。”

 そっから海へ落っこちたらどーすんだ。いつもの私設救援部隊は、今 居ねぇのにと。そうと思いかかって…それがまた、サンジへ渋面を作らせる。岩窟に穿たれた石段の終点の少し手前に腰を下ろして、新しい煙草を咥えると、その先を両手で覆って火を点ける。仕方ねぇなと、あの大剣豪から託された続き、こちらもまた律義に続けているシェフ殿であり。そんなせいでか、彼の本来のお務め、島中の独り者や やもめ所帯の腹を満たすための賄いの監督も、ここ数日はずっとご無沙汰になっており。
“甲板長んトコのロッタちゃんから、お兄ちゃんのパフェが食べたいとリクエストされてるってのによ。”
 コックにも結構な腕自慢が揃っている陣営ではあるけれど。さすがにスィーツまでこなせる顔触れは他にはいないので、罪のないお子様たちからのラブコールは料理長のサンジへと集中するばかり。此処へと戻っての数日ほど、船長さんを盛り上げようという目的でお菓子やスィーツを続けざまに作ったのもまた、そういうおねだりへ拍車をかけたらしくって。だが、当のご本人は、普通の食事さえ人並みにしか食わない消沈振り。そのくせ、カーブのワインセラーから、毎日のように酒瓶を掠め取っちゃあ持ってっての空にしている。相変わらずに下戸だから、自分が飲んでいる訳じゃあない。誰も入んなとした見晴らし台にて、手向けの酒よろしく、少しずつ海へと向けて零しているらしく。勿体ないし縁起でもないとサンジが止めかかると、

 『うっさいなっ! 捨ててる訳じゃねぇよっ。』

 自分でも馬鹿馬鹿しいと判っていての八つ当たり。声を荒げての言い返して来た船長殿が言うことにゃ、

 『…あいつ、方向音痴じゃねぇか。だから、』

 ゾロは殺したって死なねぇほどにそりゃあ強い奴だけど、それとのソロバン合わせにか、とんでもなく方向音痴だったから。
『だから、大好きな酒の匂いさしたらよ。』
 迷わず成仏…じゃなくて、迷わず此処へ帰って来れんじゃねぇかって。そうと思っての、儀式じゃなく“作戦”なのだそうで。
“けどよ。やっぱ叱られんじゃねぇの? 勿体ねぇことしやがってって。”
 海なんかへ無駄に呑ましたのかと、あの呑んべならやっぱりそう言いそうだと思うと苦笑が洩れる。第一、

 “酒なんか使わずとも、唯一迷わねぇ標的が此処にいんのにな。”

 彼の信じられないレベルでの方向音痴は、もはや万人が知るところ。麦ワラ海賊団の冒険を記した絵本でも作られたなら、

  ――― 剣の達人ろろのあ・ぞろは、だけども とっても方向音痴♪

 ……と。年端も行かない幼子たちから声を揃えて謳われただろうほど、剣の腕よりそっちが有名だってのに。敵味方入り乱れてのどんなに激しい乱戦のただ中にあっても、ルフィの居場所だけは間違えないし、真っ直ぐの最短一直線で辿り着ける現金さは、様々な伝説のシーンにて証明済み。
『だから、他のところでは無茶苦茶なほど迷子になんじゃねぇの?』
 それで採算が取れてんだぞ、きっと…と。そんな“おまけ”はあいにくと、仲間内しか知らないのだけど。どうせ“奇跡”とやらが起こるとしたならば、そこまでがワンセットになってなきゃあ、

 “笑いどころがないじゃねぇかよな。”

 ともすれば、悲惨なことへばかり帰着しかかる想いを振り切ろうとしてのこと。自分で自分へツッコミを入れ、シニカルに笑っては我に返ったように溜息をつく、の繰り返し。

 「…。」

 それもやはり、後から彼らが岩壁に掘った窓。ガラスも嵌めない、ただの穴から、吹き込む潮風に誘われてのこと、何げなくそちらを…海を見やったサンジの口許から。

 「あ…。」

 火を点けないままで咥えていた紙巻きが、力なく開いた口唇からポロリと落ちた。見張りや哨戒はもはや若手の部下らの仕事ではあるけれど、それでも警戒への集中は衰えず、視力だって良いままで。陽光を吸い込んでの透明な青をたたえた瞳が何度も瞬く。ここいらにはアシカもアザラシもジュゴンもいない。だからして、あんな風に大海原の一点で不規則な波が立つのはおかしい。

  「…おいおい、まさか。」

 そういえば。補給に出ていた賄い班の下っ端が、此処から一番間近い海軍基地のある要塞島が、一晩で堕ちたらしいという噂を拾って来てやがった。麦ワラ海賊団に奇襲を掛けてのそれを仕留めたという記事はまだ、どこの新聞にも載ってはいない。手ごわい副長、大剣豪を倒したという記事も…噂のひとかけだって聞かれない。海軍本部発表とかいう広報にて、胸を張っての針小棒大、好き勝手な誇張満載にして広めて良いはずの“事実”ではないということか? ああ、頭の上ではどたばたと、慌ただしい足音がしてやがる。岩一枚しか間に仕切りはねぇものな。そんな暴れたら底が抜けるぞ、このクソ船長。おっと、独りにしとくと飛び込みかねねぇな。…ったく、手のかかる奴らだぜ。



  「おーーーーーいっっ! ぞろーーーーーーっっ!!
   こっちだ、こっちっ!! 最後の詰めで間違うなよーーーーっ!」



 砦島のそこここいっぱいに鳴り響いた船長の久方ぶりの良いお声へ、一瞬“シン”としてのそれから。


  「…うっせなぁーーーっっ。
   俺ゃあ とんでもなくくたびれてんだ。
   気の抜ける言いようをすんじゃねぇーーーっ!!」


 途轍もないお返事があったのを、全員で間違いなくの拾ってから。何かが爆発でもしたかのような、島いっぱいの大歓声が水平線まで届けよと轟いて。大きな大きなどよもしとなっての、我が家までの長旅を泳いで遂げた副長を出迎える祝砲のように、いつまでもいつまでも鳴り響いたのは言うまでもなかったのであった。






 〜Fine〜  07.8.28.〜9.02.

 *カウンター 258,000hit リクエスト
    柚木様 『「rehearsal of the tragedy」の未来話(1話目)で、
               再会ハッピーエンド話』


 *非常に時間がかかってしまって申し訳ございません。
  何せ、アレから時間が経っておりますので、
  クルーだの愛船だの、設定が根本的なところから違ってきてたり致しまして。
  あ、でも、そういうところを探っていくのは、
  間違い探しみたいで、実際楽しかったのですが。
  このような出来で、いかがなものでしょうかしら。

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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